今日は久しぶりの平日休み。
子ども達は学校へ行き、いつもの土日休みとは少し違う空気が流れていた。
街の雰囲気も、空も、風も、陽の光もどこか静かで穏やか。
そんな今日は、「家を整える日」になった。
平日休みの空気は、いつもの休日と少し違う
昨日は、長女と一緒に長女の部屋の片付けをした。
長女は一日休み。
一緒に買い物へ付き合う代わりに、
「部屋をきれいにする」が交換条件だった。
帰宅後、夕方から片付け開始。
でも今回は、母主導にはしなかった。
あくまでも「娘の部屋」。
私はサポート役として、
「あとママが出来ることある?」
「掃除機とかモップ掛けやる?」
「洋服整理どうする?」
そんなふうに声を掛けながら進めていった。
最初はゴミ捨てから。
気づけばゴミ袋一袋分。
片付いた部屋を見ると、やっぱり空気が違う。
長女自身も、散らかった部屋より気分が良さそうだった。
土日休みだと、どこかへ出かけたい気持ちが先立って、なかなか家のことに集中できない。
でも平日休みは違う。
外の世界がいつも通り動いている分、自分だけが少し別の時間を生きているような、静かな特別感がある。
だからこそ、「今日は家を丁寧に整えよう」という気持ちになれる。
そんな平日休みの使い方が、最近の私のお気に入りになりつつある。
次女の部屋片付けで感じた”思春期の境界線”
そして今日。
次は次女の部屋片付け。
中学生ということもあり、朝、登校前に一応聞いてみた。
「ママ片付けしてもいい?」
すると返ってきたのは、
「別にいいよ」
キタ╌╌╌╌(゚∀゚)╌╌╌╌!!
これは整えるチャンス。
ゴミを捨て、
布団を干し、
毛布や掛け布団を洗い、
掃除機と床モップ。
でも、プリント整理や引き出しの中は、
帰宅後に本人にやってもらう予定。
なぜなら以前、
「これはもうゴミでしょ…」
と思った消しゴムの欠片を、
「これは使う!!」
と言われたことがあるから。
母にはゴミでも、
娘にはまだ必要なものらしい。
今日も、割れた分度器が出てきた。
これも一応、そのままにしておこう。
思春期の子どもの部屋片付けは、本当に加減が難しい。
「勝手に捨てないで」と言われるのも理解できるし、でも散らかったままにしておくのも心配だし。
結局、親にできることは、本人の「いいよ」という言葉を待ちながら、サポートに徹することなのかもしれない。
プリントの整理も、教科書の管理も、引き出しの中身も──本人の「領域」として尊重することが、思春期の子どもとの信頼関係につながるのだと、最近少しずつ実感している。
窓を開けた瞬間、部屋の空気が変わった
ゴミ箱は、これ以上入らないほどパンパン。
これは迷わず処分。
洋服も、
どれが洗濯済みで、
どれが着用済なのか分からない。
とりあえず母の勘で、
いくつか洗濯機へ。
窓を開けると、
心地よい初夏の風が入ってきた。
ホコりっぽかった部屋の空気が変わる。
心地よい風が流れる部屋になるだけで、
なんだか気持ちまで軽くなる。
「あぁ、この状態はいつまで持つのだろう…」
と思いながらも、
整った部屋を見るとやっぱり嬉しい。
部屋の空気って、本当に目に見えない何かを左右すると思う。
ホコリっぽい、モノが溢れている、窓が閉まったまま──そういう環境は、知らず知らずのうちに気持ちも重くしている気がする。
逆に、窓を開けて風を通して、床が見えるくらい片付いた部屋に入ったとき、ふっと肩の力が抜ける瞬間がある。
娘の部屋が整うと、なぜか私自身の気持ちまで少し軽くなった。
親として、「整えてあげたい」という気持ちと、娘の成長を見守る気持ちが、どこかでひとつになる。そんな時間だった。
今日は「家を整える日」だった
今日は他にも、
・エアコンフィルター掃除
・朝読書30分
・チーズケーキ作り
・買い物
・冬の灯油処分
まで完了。
冬に使っていたファンヒーター。
灯油が残ったままで、
ずっと片付けが止まっていた。
ガソリンスタンドへ問い合わせたら、
引き取って処分してくれるとのこと。
これでリビングも少しスッキリしそう。
今日は一日、
「家を整える日」だった。
やることリストを作って消化していくのが好きなのに、今日はリストすら作らなかった。
気づいたことを、気づいた順にやっていく。
それだけで、一日がこんなに充実するとは思わなかった。
「やらなきゃ」ではなく、「やりたい」という気持ちでやる家事は、全然違う。
達成感というより、満足感に近い感覚が残った。
整えることに夢中になると、休憩を忘れてしまう
家事って、
イヤイヤやると全然進まない。
でも不思議と、
今日はかなり進んだ。
夢中で整えて、
気づけば”ひと息つく時間”を忘れていた。
部屋が整うと、
少しだけ心も整う。
そんな平日休みだった。
「家を整えることは、心を整えること」──なんとなくそう思っていたけれど、今日ほど実感したことはなかった。
目に見えるものを整えると、目に見えない気持ちのざわざわが、すっと落ち着いていく。
頭の中が静かになる感じ、とでも言えばいいのかな。
次の平日休みも、また「家を整える日」にしてもいいかもしれない。
そう思える一日だった。
おわりに──「整える」は、自分へのやさしさ
平日休みに、家を整えることを選んだ今日。
最初から「完璧にしよう」と意気込んでいたわけじゃない。
ただ、せっかくの静かな時間を、日頃できていないことに使いたかっただけ。
でも結果的に、娘たちの部屋が片付いて、リビングが少しスッキリして、エアコンのフィルターまで掃除できた。
そして私自身の気持ちも、ほんの少し軽くなった。
「整える」という行為は、誰かのためだけじゃなくて、自分自身へのやさしさでもあると思う。
乱れた環境を放置することで、知らないうちに心にも負荷がかかっている。
だから、「今日は整える日にしよう」と決めて動くことは、自分の心を労ることにもつながる。
忙しい毎日の中で、そんな一日を意図的に作ることの大切さを、今日改めて感じた。
次の平日休みも、また静かに、丁寧に、整えていきたい。
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